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追加コラム①:辞書は「月給の数倍」!?英和辞書の流通と価格のリアル

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追加コラム①:辞書は「月給の数倍」!?英和辞書の流通と価格のリアル

学校教育を受けていないツヤさんが英語の医療専門書を読むためには、当然ながら「英和辞書」が必須となります。しかし、明治中期の辞書事情は、現代のように誰もが手軽に購入できるものではありませんでした。

  • 流通の状況:知識階級だけの特権 当時は丸善などの限られた洋書店や、一部の古書店でしか手に入らない貴重品でした。大衆向けの大規模な増刷はなく、主に帝大生や官僚、翻訳家といった一部の「エリート知識層」だけが手にする特別な書物だったのです。

  • 驚きの価格帯:10円の初給金が吹き飛ぶ 明治20年代〜30年代、本格的な英和辞書(例えば当時主流だった『ウェブスター』の翻訳版や大型の英和対訳辞書など)は、一冊「2円〜5円」、豪華な装丁のものや専門的な辞書になると「10円以上」するものもありました。

りん達一期生が手にした初給金が「10円」であったことを考えると、辞書一冊の価格は「月給の半分から、下手をすれば1ヶ月分が丸々吹き飛ぶ」ほどの超高額商品です。 解雇されて無収入になったツヤさんが自力で辞書を買うのは事実上不可能です。今後ドラマの中でツヤさんが勉強を続けるとすれば、かつて辞書を持っていたであろう元家老の娘であるりんの私物を借りるか、シマケンのような書生の家、あるいは下谷松町教会の吉江牧師のもとに通い詰めて「辞書をめくらせてもらう」という、涙ぐましい工夫が描かれるのではないでしょうか。

追加コラム②:庶民には命がけ!明治中期の医療費の相場観

第64話〜第65話で、長屋の住人・とよさんが倒れた際、治療代を心配するとよさんに対し、直美が「私たちが治療代を出すから!」と叫ぶシーンがありました。忠(若林時英)が必死に夜間病院へ駆け込んだことからもわかる通り、当時は「病気になっても病院に行けない(行かない)」のが庶民の常識でした。なぜなら、国家による医療保険制度(国民健康保険など)が存在しない明治時代、医療費は「全額自己負担」の100%自由診療だったからです。

  • 初診料・往診料: 約30銭〜50銭

  • 薬代(1日分): 約10銭〜15銭

  • 入院料(1日): 下等な病室でも約25銭〜30銭、上等な病室になると1円30銭以上

[一般庶民の収入との対比]

当時の一般的な職人や労働者の日給が「30銭〜50銭」程度だった時代です。つまり、「病院で診てもらい、1日分の薬を処方してもらうだけで、その日の稼ぎがすべて消えてしまう」という計算になります。 さらに、もし手術や数日間の入院が必要になれば、数円〜数十円という大金が請求されます。これは庶民にとっては数ヶ月分の収入、現代の感覚に換算すれば「数十万円の急な出費」を強いられるのと同じでした。

だからこそ、とよさんは治療代を恐れてお医者にかかるのを拒もうとしましたし、多田院長が冷徹に言い放った「貧困は病院の仕事ではない」という言葉は、裏を返せば「成都医大病院は、お金のある特権階級のための近代医療機関である」という、当時の厳然たる世相をそのまま表しているのです。

修正・追加された【第65話まとめ】の全体像(一部抜粋)

劇中、直美が治療代を心配するとよさんに向けて放った「私たちが払うから」という優しい言葉。しかし、当時の医療費は一般庶民の日給が丸ごと吹き飛ぶほどの高額なものでした。多田院長の「貧困は病院の仕事ではない」という冷徹な合理主義は、当時の高額な医療格差を象徴しています。

そんな中、りんからツヤへと手渡された「全文英語の教本」。明治中期において、英和辞書はナースの月給(10円)に匹敵するほどの超高額な貴重品でした。収入を絶たれたツヤが、辞書すら容易に手に入らない過酷な世相の中で、どうやってその英語を紐解き、再び「知識という翼」を広げて這い上がってくるのか——。

理想の医療(りん・直美)と、宗教的な博愛(喜代)、そして過酷な現実(ツヤ)が、明治という激動の世相の中で激しく火花を散らしています。

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