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【風、薫る・キャラ考察】土肥ヒデの不遜さは明治中期に許されたのか?育ちの背景と彼女が目指す「冷徹な理想のナース像」

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連続テレビ小説『風、薫る』第13週は、正看護婦となった一期生たちが教壇に立ち、新たな生徒たちを育てる「講師と生徒の週」となりました。その新人生徒たちの中で、ひときわ異彩を放ち、視聴者の間でも賛否両論を巻き起こしているのが土肥ヒデです。

第65話では、三浦ツヤ(東野絢香)の投薬ミスによる解雇処分を巡り、一ノ瀬りん(見上愛)に対し「原因は一ノ瀬先生にあるんじゃないか」と真っ直ぐに指導責任を追及。さらに講義中であっても、講師の説明の途中で挙手せず発言したり、感情を露わにしたりする場面が目立ちます。

「男尊女卑や年功序列が絶対だった明治中期に、目上の講師に対してあんな大不遜な態度が許されたのだろうか?」という疑問を抱いた方も多いのではないでしょうか。

今回は、当時の日本の教育事情や世相を踏まえ、土肥ヒデが「どのような家庭環境で育ち」「なぜあそこまで強気でいられたのか」、そして「彼女が目指す究極のナース像」について深く考察します。

1. 歴史的検証:明治中期の講義中に「途中で発言する生徒」は許されたのか?

結論から言うと、通常の学校(尋常小学校や女子高等師範学校など)であれば、教師の言葉は絶対であり、ヒデのような態度は「はしたない」「不作法」として厳しく処罰される対象でした。

しかし、ここが「成都医大病院看護科」という最先端の場であることがポイントです。

当時、トレインドナースの育成現場は、アメリカから来たバーンズ先生(エマ・ハワード)や大山捨松(多部未華子)といった、徹底的な「西洋式(アメリカ流)のディスカッション文化」が持ち込まれた特殊な空間でした。バーンズ先生の授業がそうであったように、「ただ座って講義を聴くだけではなく、自分で考え、疑問があればその場でぶつける」ことこそが、優秀なナースになるための条件とされていた可能性があります。

ヒデは、この「西洋式の学問の場」というルールを過剰なまでに吸収し、実践しているからこそ、明治の古い上下関係を飛び越えて、自分の意見をハキハキと主張できているのです。

2. 土肥ヒデの「育ち」を想像する:高価な英和辞書を揃えられる富裕層の背景

前回の考察でも触れた通り、当時の英和辞書はナースの初給金(10円)の半分から1ヶ月分が吹き飛ぶほどの超高額商品でした。全文英語の専門書を読み解く授業についていける生徒たちは、全員がそれなりの教育を受け、家に辞書を買い与えてもらえる「一握りの富裕層・インテリ階級の娘」たちです。

ヒデの家庭環境は、以下のような背景を持っていると推測されます。

  • 近代的な思想を持つ「新興資本家」または「高級官僚」の家柄 古い武家気質の家庭(りんの実家のような奥田家)であれば、娘が看護婦を目指すことに猛反対した時代です。しかしヒデの親は、これからの日本は「女性も専門職を持って自立する時代だ」と理解し、高額な学費や洋書、辞書を喜んで買い与えるような、極めて進歩的で裕福な家庭で育ったと考えられます。

  • 挫折を知らない「エリート教育」の弊害 幼少期から「これからは実力の時代。学問を修めた者が正しい」と教え込まれて育ったため、彼女にとって「規則を守ること」「医学的に正しい処置をすること」が絶対の正義になっています。だからこそ、学校を出ておらず、感覚と人情で動く看病婦のツヤに対し、無意識に「レベルの低い人」と冷ややかな視線を向けてしまったのです。

3. ヒデの叫びの真相:彼女が目指す「冷徹なまでに完璧なプロナース像」

第65話で、ヒデがりん先生の責任を厳しく追及したのは、決して単なる意地悪や反抗心からではありません。彼女なりの「トレインドナースへの強い憧れとリスペクト」の裏返しです。

ヒデは、りんや直美たちのことを「不条理な世間と戦い、知識という翼を勝ち取った完璧なエリート」として神聖視して入学してきました。だからこそ、りん先生が講義で言った「間違いには互いに気づけるように(チームワーク)」という言葉を誰よりも真剣に信じていたのです。

それなのに、身内(特例で入ったツヤ)の過労を見抜けず、患者の命を危険に晒す投薬ミスを未然に防げなかったりんの「甘さ」に対し、猛烈なショックと裏切られたような怒りを覚えたのではないでしょうか。

ヒデが目指す姿:感情に流されない「完璧な医療従事者」

ヒデが目指しているのは、患者の「手紙の投函」のような雑用に一切の時間を取られず、医師の指示通りに完璧な医学的処置(投薬や包帯)をマシーンのようにこなす、冷徹なまでに洗練された「近代的ナース」の姿です。 彼女の目には、りん先生の優しさやツヤの根性が、命の現場においては「ミスの原因になる不確定要素(甘さ)」と映っているのです。

結び:ヒデという「正論」が、りんと直美をさらに成長させる

土肥ヒデというキャラクターは、明治中期における「西洋化・近代化の申し子」であり、ある意味でりん達が目指した「知識を持つ自立した女性」の完成形の一つの姿でもあります。

彼女の放つ言葉は、あまりにも配慮に欠け、現場の情緒を無視していますが、「医療ミスを出さない組織作り」という意味においては、ぐうの音も出ないほどの「正論」です。

「いい先生」であろうとして、結果的にツヤを追い詰めてしまった熱血教師・りんにとって、ヒデの存在は、自分の看護哲学をさらに強固なもの(理想論から、本当の組織管理へ)と進化させるための、最も重要な「乗り越えるべき壁」になっていくでしょう。

これから日清戦争などの激動の時代を迎え、現場が本当の戦場へと変わっていくとき、この気が強く理屈っぽい土肥ヒデが、持ち前の度胸と完璧主義でりん達を支える頼もしい主力ナースへとどう化けていくのか——。彼女のこれからの成長と、りん達講師陣との泥臭いぶつかり合いに、ぜひ注目していきましょう!

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